1995〜2000年の金価格と世界経済/ワシントン協定...

ダボス会議でアフリカ諸国の窮状を訴え@

前述のような、
中央銀行が金(ゴールド)の売却し始めるという事態を受け、

 

1998年、次のような人たちが参加している
いわゆるダボス会議※で、

 

南アフリカの当時のターボ・ムベキ副大統領が
産金国である自国やアフリカ諸国の窮状を訴えたのです。

ダボス会議でアフリカ諸国の窮状を訴えA

■世界中の巨大企業の経営者
■大統領や首相クラスの政治指導者
■知識人
■ジャーナリスト...など

 

これは、金(ゴールド)というのは、
最貧国が多いアフリカ諸国にとり
貴重な外貨獲得手段だったからです。

 

もちろん、
各国の中央銀行も
金価格の低迷を望んでいるわけではありませんでした。

 

※スイスのダボスで開催される
 世界経済フォーラムのことです。

ワシントン協定とは?

上記のダボス会議がきっかけとなり、
中央銀行の金売却に関するルールが決まりました。

 

具体的な内容としては、
金(ゴールド)の売却量は、

 

年間400トンを上限として、
5年間で2000トンを超えないといったものでした。

 

ちなみに、1999年に
ワシントンで開催された
IMF・世界銀行総会において合意されたことから、
「ワシントン協定」
と呼ばれています。

 

なお、このワシントン協定の協定期間は
1999年9月27日から2004年9月26日までの5年間とされましたが、
その後、協定は2回更改されて
現在は第3次協定下にあります。

 

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